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名古屋地方裁判所 昭和61年(ワ)2329号 判決

原告

山田辰男

被告

日新火災海上保険株式会社

主文

一  被告は、原告に対し、金五七一万円及びこれに対する昭和六〇年二月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者双方の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金八二八万円及びこれに対する昭和六〇年二月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  この判決は仮に執行することができる。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一) 日時 昭和五三年四月二日午前三時五五分

(二) 場所 名古屋市中区千代田五―二一―一七

(三) 加害車両 普通乗用自動車(名五五い六二九九)

(四) 右運転車 河添法夫

(五) 被害車両 普通乗用自動車(名五七ね四七七七)

(六) 右運転者 原告

(七) 事故態様 加害車両の信号無視による出会い頭の衝突

2  責任原因

(一) 訴外東宝タクシー株式会社(以下「訴外会社」という。)は、加害車両を保有し、自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条により、本件事故による原告の後記損害を賠償する責任がある。

(二) 被告は、加害車両につき、訴外会社との間に、自動車損害賠償責任保険を締結しているので、自賠法一六条一項により、本件事故による原告の後記損害を保険金額の限度において賠償する責任がある。

3  原告の受傷及び後遺障害

(一) 原告は、本件事故により、頸椎挫傷等の傷害を受けたが、その後遺障は昭和五八年一二月末頃に症状固定し、次の(二)記載の後遺障害が残つた。

(二) 後遺障害

(1) 第一群

(イ) 昭和五九年五月二一日現在における原告の苦痛(主訴)

(a) 常時頭痛がある。

(b) 常時頂部痛がある。

(c) 上肢に力が入らず、握力が弱い。

(d) 左側に頸を傾けると左上肢に放散痛がある。

(e) 左前腕、左下腿がしびれている。

(f) 左大腿部が冷たくなる。

(ロ) 右同日における他覚的所見

(a) 両側示指、中指、環指の近位指節間関節の伸展は他動的に可能であるが、自動的には十分できない。

(b) 指を折り曲げて数を勘定する動作は可能であるが、鈍くて速くすることができない。

(c) 左上肢に軽度の知覚鈍麻が認められる。

(d) 握力は右二一キログラム、左一七キログラムと四〇歳の男性としては中等度の筋力低下を示している。

(e) 腰部に軽度の知覚鈍麻が認められる。

(2) 第二群

(イ) 右同日現在における原告の苦痛(主訴)

(a) 肩甲部と上部胸椎部に疼痛がある。

(b) 常時腰痛がある。

(ロ) 右同日における他覚的所見

(a) 頸部の運動は、伸展は正常の約三分の一、屈折は五分の四、側屈は約二分の一、回旋は約四分の一に制限され、特に側屈、伸展、回旋運動障害が著明に認められる。

(b) 腰部の運動は極端に制限されており、特に屈曲は著明に障害されている。

(3) 右同日現在において外傷性神経症がある。

(4) 原告は、平成元年一〇月五日現在においても、頭頸部外傷、脊髄損傷椎間板症による四肢不全麻痺で歩行困難、起立困難であつて、家の中を歩くにも杖が必要であり、椅子に座ることも長時間はできず、手に力が入らないので著や茶碗くらいしか持てないし、字を書くこともできない状態である。

ちなみに、原告は、身体障害者福祉法に基づき昭和六一年五月三一日愛知県より頭頸部外傷、脊髄損傷、椎間板症による四肢不全麻痺で歩行困難、起立困難として身体障害者等級表による級別第二級の認定を受けている。

(5) 以上のような原告の症状に鑑みると、原告の後遺障害は少なくとも自賠法施行令二条別表の後遺障害等級表(以下「等級表」という。)第五級二号の「神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、特に軽易な労務以外の労務に服することができないもの」に該当する。

4  右後遺障害による損害

(一) 逸失利益

原告は、昭和一五年七月一四日生れの男子で、その症状固定時(昭和五八年一二月末)の就労可能年数は二四年であるが、前記後遺障害により右稼働期間にわたり、その労働能力を七九パーセント喪失したので、本件事故当時の三八歳の男子の平均給与額年三四八万八四〇〇円を基礎に、新ホフマン方式により年五分の割合で中間利息を控除し、右逸失利益の右症状固定時における現価を算出すると、次のとおり四二七一万五四五八円となる。

3,488,400×0.79×15.5=42,715,458

(二) 慰藉料 七〇〇万円

原告の後遺障害に照らすと、これに対する慰藉料は少くとも七〇〇万円とするのが相当である。

(三) 原告の後遺障害による損害は合計四九七一万五四五八円となるから、被告は、右損害を、自賠法一三条一項、同法施行令二条(昭和五三年政令第二六一号による改正前のもの)の前記後遺障害等級の保険金額八八四万円の限度において賠償する責任がある。

5  支払の催告

原告は、昭和六〇年二月二〇日、被告に対し、右損害の支払を請求した。

6  一部填補

被告は、原告に対し、昭和六一年一月一四日、本件事故による後遺障害の自賠責損害賠償金として五六万円を支払つた。

7  結論

よつて、原告は、被告に対し、前記八八四万円から右既払金五六万円を控除した残額八二八万円及びこれに対する前記請求の日の翌日である昭和六〇年二月二一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実のうち、(一)は認め、(二)は原告の損害については争い、その余は認める。

3  同3の事実のうち、(一)は原告が本件事故により頸椎挫傷等の傷害を受けたことは認めるが、その余は争い、(二)は争う。

原告の初診時の症病名は「頸椎挫傷、左手擦過創、右膝挫傷」であり、腰部には受傷していない。腰痛が発症したのは、本件事故後五か月も経過した昭和五三年九月である。

また、第五、第六頸椎間板ヘルニアは原告の既症状によるもので、昭和五九年五月二一日現在(鑑定時)の頸椎異常に由来する諸症状は、この既応症と手術後の頸椎の状態に基因するものである。

しかして、原告の日常生活上の支障である座位及び起立困難、歩行困難は腰部の痛み及び運動制限、左下腿のしびれ及び麻痺に起因するものであるところ、これは右に述べたところによつて明らかな如く本件事故と相当因果関係のある症状ではなく、従つて、原告の本件事故による後遺障害は、重くとも等級表第七級四号の「神経系統の機能又は精神に障害を残し、軽易な労務以外の労務に服することができないもの」に該当する程度である。

4  同4の事実は否認する。

5  同5の事実は認める。

6  同6の事実は認める。

7  同7は争う。

第三証拠関係

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

一  請求原因1(事故の発生)の事実、同2(責任原因)の事実のうち損害を除くその余は、いずれも当事者間に争いがない。

二  そこで、原告の後遺障害の有無及び程度について判断する。

1  原告が本件事故により頸椎挫傷等の傷害を受けたことは当事者間に争いがなく、原本の存在及び成立に争いのない甲第一号証、鑑定人花井謙次の鑑定の結果によれば、次のように認められる。

(一)  国立名古屋病院第一整形外科医長(当時)牧山友三郎は、昭和五九年五月二一日、原告を診察したうえ、原告の症状として、原告主張の第一群、第二群及び外傷性神経症をそれぞれ認定し、第一群の症状が等級表第九級一〇号に、第二群の症状が同第八級二号に、外傷性神経症が同第一四級一〇号にそれぞれ該当するとし、総合判定として等級表第八級二号に該当するものとし、その症状固定時期を昭和五八年一二月末と椎定している。

右判定過程において、右牧山医師は、右認定にかかる第一群の(ロ)他覚的所見としての(b)(c)(d)については、第五、第六頸椎間の椎間板狭少化並びに後変により発症しているものと考えられるとし、また、第六、第七頸椎間の前縦靱帯の骨化が著明に認められるが、この骨化は老化現象によるものか、あるいは外傷に基因するものであるかは、本件事故当時のX線写真が入手できないので比較検討できず、老化現象の際によく見られる現象であるため、外傷に基因するものと断定することはできないとし、さらに、腰椎のX線写真像において軽度の変形性脊椎症が認められるが、本件事故直後及びその後のX線写真像が存在しないため、本件事故との因果関係については断定できないとしている。

しかし、前記総合判定の過程において、牧山医師が「第一群及び第二群共に同一部位の損傷が原因であるため、等級第八級と判定するのが妥当である。これは外傷性神経症が合併するため、将来改善される可能性を否定できず、併合して第七級と認定することは将来の問題を残す可能性大であると椎定するためである。」としている点は、証人山田勝彦の証言及び原告本人尋問の結果によれば、牧山医師が椎定したような改善の可能性は現われていないことに照らし首肯し難く、従つて、第八級の判定はにわかに採用できないと考える。

(二)  鑑定人花井謙次(当時名古屋市立大学医学部整形外科医師)は、前記(一)記載の各症状について本件事故による外傷との因果関係を鑑定し、第一群のうち、(イ)主訴としての(e)左下腿しびれ、(f)左大腿部冷感、(ロ)他覚的所見としての(e)腰部の知覚鈍麻について、第二群のうち、(イ)主訴としての(a)上部胸椎部疼痛、(b)常時腰痛、(ロ)他覚的所見としての(b)腰部運動制限についてそれぞれ因果関係を否定し、特に腰椎の屈折制限は椎間板病変より起るものが多いが、本件においては椎間板病変を起したとは考え難いとし、その他の症状については因果関係を肯定し、そのうち「両上肢脱力感、手指巧緻運動障害は頸髄神経の圧迫あるいは損傷によるミエロバシー(脊髄機能障害)とみなされ、それは頸椎椎間板ヘルニアが原因と考えられる。」と判定し、これは等級表第七級四号に該当するとし、「頸部痛、項部痛、肩胛部痛」は同第一四級一〇号に該当するとし、「腰痛、腰部運動制限、左大腿冷感等は症状経過よりみて後遺症に該当しない。」としている。

(三)  なお、成立に争いのない甲第五、第六号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、身体障害者福祉法に基づき昭和六一年五月三一日愛知県より頭頸部外傷、脊髄損傷、椎間板症による四肢不全麻痺として身体障害者等級表による級別第二級の認定を受けており、日常生活において家の中でも杖を使用しないと起立や歩行が困難であるなどの症状にあることが認められる。そして、花井鑑定人は、原告の頸椎椎間板ヘルニアは本件事故による外傷と因果関係があると判断されるとしているので、この所見によれば、原告の右の如き症状は本件事故による受傷の後遺障害ではないかと考えられないではない。

しかしながら、前記(一)の牧山医師の所見によれば、原告の第五、第六頸椎間の椎間板狭少化並びに後変、第六、第七頸椎間の前縦靱帯の骨化及び腰椎の軽度の変形性脊髄症については、いずれも本件事故当時あるいはその後のX線写真を資料とすることができなかつたため、本件事故との因果関係については断定できないとされており、この所見に照らすと、花井鑑定人の前記所見に従い原告の頸椎椎間板ヘルニアと本件事故による外傷との因果関係を一義的に断定することには疑問の余地があり、右疑問を解明し右因果関係を全面的に認めるに足る証拠はない。従つて、原告の前記の如き症状を本件事故による受傷の後遺障害と認定することは未だ困難であり、他にこれを肯認するに足る証拠はない。

(四)  以上を総合して判断すると、原告の本件事故による受傷の後遺障害は等級表第七級四号の「神経系統の機能又は精神に障害を残し、軽易な労務以外の労務に服することができないもの」に該当するものと認めるのが相当である。

2  右後遺障害による損害

(一)  逸失利益 二七〇三万二五六二円

証人山田勝彦の証言及び原告本人尋問の結果によれば、原告は昭和一五年七月一四日生れの男子で、中学校を卒業するとすぐに就職し、本件事故当時の収入は月一四万円位であつたが、これは不況による転職直後のための低収入であつたことが認められるので、原告の逸失利益を算定するに当たつての収入については、賃金センサスを用いるのが相当であると考える。

そこで、原告の前記後遺障害の症状固定時(昭和五八年一二月末)の就労可能年数は二四年であることころ、右後遺障害により右稼働期間にわたり、その労働能力を五六パーセント喪失したと認めるのが相当であるから、賃金センサス昭和五八年第一巻第一表の産業計・企業規模計・新中卒男子労働者の三五歳から三九歳の平均給与額三七四万三五〇〇円を基礎に、新ホフマン方式により年五分の割合で中間利息を控除し、右逸失利益の本件事故発生時における現価を算出すると、次のとおり二七〇三万二五六二円となる。

3,743,500×0.56×12.895(18.029-5.134)=27,032,562

(二) 慰藉料 五五〇万円

原告の後遺障害に照らすと、これに対する慰藉料は五五〇万円とするのが相当である。

(三) 原告の後遺障害による損害は合計三二五三万二五六二円となるから、被告は、右損害を、自賠法一三条一項、同法施行令二条(昭和五三年政令第二六一号による改正前のもの)の前記後遺障害等級の保険金額六二七万円の限度において賠償する責任がある。

3  請求原因5(支払の催告)の事実及び同6(一部填補)の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

4  結論

以上によれば、被告は、原告に対し、前記六二七万円から既払金五六万円を控除した残額五七一万円及びこれに対する請求の日の翌日である昭和六〇年二月二一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

よつて、原告の請求は、右限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 寺本榮一)

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